小樽築港機関区

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2017年5月26日金曜日

三美運輸のB6 1970.3.29

 函館本線の美唄駅から南美唄駅までの支線の先に、三美鉱業からの積出し専用線として三美運輸なるものがあり、そこには古典機であるB6が現役で動いていることを知り、訪ねてみました。

 郵便局前というバス停の近くにあるとのことで、バスを下車すると確かにありました。

 構内の延長はさほどなく、少し先にB6の姿を発見。


 一仕事終えたのか、停車したので周りからぐるりと撮影しました。



 ライトの取付ステーが長く、特徴的です。


 1号機でボールドウィンの2500形式です。


 間もなく動き始め、ヤードをあちらこちらへと移動します。



 右側には貯木場が見られます。

 そのうちに、積込用のホッパーの下に入り込んで行きました。



 出てくる気配が無いので、近くの庫らしき建物を覗いてみると、2号機ノースブリティッシュ2120形式がお休みしていました。


 前面側は引きが無く、撮影できませんので、ナンバープレートをアップで撮影しました。


 昔の2248のプレートを埋めたところに、三美のマーク入りの新しいプレートを取付けたようです。

 次の予定が詰まっていたので、これにて三美運輸を後にしました。




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2017年5月24日水曜日

雪の東海道本線 函南・湯河原 -2 1984.2.18

 雪の北海道のシリーズも終盤を迎えつつありますが、ここらで矛先を変えて、以前掲載した雪の東海道本線の別作です。

 同じ年の翌2月にも雪が降り、前月よりも多くの積雪となったので、性懲りもなく同じ場所へ撮影に行きました。

 最初は小田原駅で乗り継ぎ列車を待っているときに、寝台特急みずほ がやって来たので、この撮影から開始しました。


 小田原駅から各停の下り電車に乗り函南駅で下車、三島駅方向の前回と同じ斜面へと向かいました。

 この場所は下り列車の撮影向きで、まずやって来たのは各停の電車ですが、前回より雪が多く、天気も良いので湘南カラーが映えます。


 続いて下り貨物列車ですが、さすがに編成が長く、後ろが切れてしまいました。


 踊り子号の付属編成が下ってきましたが、オリジナルのこの塗色は雪景色の中では全く美しくありません。


 荷物列車がEF58に牽引されてきましたが、丁度良い長さです。


 少し三島駅側に移動し、上り列車を撮影するのに適当な、やはり前回と同じ場所に向かいました。

 荷物列車が上ってきましたが、後方の山にはまだ雲がかかっています。


 普通電車が来る時になって、ようやく富士山が少しだけ顔を出してくれました。


 撮影後、これまた前回同様に、湯河原駅の先に移動します。

 上りの踊り子号の後追い撮影ですが、やはりこの塗色はさえません。


 下りの荷物列車が湯河原駅を通過して接近してきました。


 続いて、荷物電車もやって来ました。


 少し後ろに引いて待っていると、下りの貨物列車が良い光線の中を通過して行きます。


 上りの荷物列車の時間ですが、上り列車の正面は逆光になるので、トンネル出口の陽の射さないところで撮影。


 そして本日も 踊り子号 の客レで撮影を終えましたが、牽引機がEF65PFだったのが残念。


 次回は、また雪の北海道の続きを掲載します。




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2017年5月22日月曜日

宗谷本線 塩狩峠 1970.3.28

 旭川駅から北へ30km程に位置する塩狩峠は、宗谷本線の唯一の峠越えと言える区間で、これ以外に宗谷本線には大した勾配が無く、C55が軽快に走る路線でした。

 石狩川水系と天塩川水系との分水嶺で、塩狩駅のわずかに南側をサミットとし、両側に20‰の連続する難所でしたが、早いうちから補機にDD51を配備しており、訪れた時も既に補機は無煙化されていました。

 夜行列車で旭川駅に着き、宗谷本線の列車に乗換える前に、駅で旅客列車の先頭に立つD51の姿から撮影を開始です。


 塩狩駅に降り立ち、蘭留駅方向へと撮影ポイントを求めて歩きましたが、さすがに豪雪地帯で雪の壁が高く、線路際の壁の上からでないと足回りが写りません。

 最初はサミットを越えてきた、上り貨物列車がやって来ます。


 最後尾にはDD51がぶら下がっています。


 下り貨物列車が来ましたが、煙は迫力がありません。


 後補機のDD51が強力のため、本務機が全力を出していないようです。


 本命のC55牽引の321列車が峠道を上ってきました。


 これまた、急勾配とは思えないような煙しか上げてくれません。


 保線の方たちの脇をDD51が過ぎて行きました。


 和寒駅で補機仕業を終了し、単機でDD51が次の仕業に就くべく、蘭留駅へと回送して行きました。


 下り貨物列車が来ましたが、これまた大した迫力はありません。


 ギースルエジェクター付のD51953が本務機で、先ほどのDD51が後ろに付いています。


 この貨物列車を撮影後、もう1本の本命、322列車を上り勾配区間で撮影すべく、塩狩駅から和寒駅に向かいました。

 国道を塩狩峠へと向かって歩いたのですが、大量の雪で線路に近づけません。
 仕方なく、道路際から線路を見上げる構図で何とか撮影しました。


 和寒駅に戻り、今夜のねぐら、札幌駅に向かいました。




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2017年5月20日土曜日

流氷と釧網本線 1970.3.27

 当時の気候は今よりずっと気温が低く、この時期のオホーツク沿岸には流氷がびっしりと押し寄せていました。

 釧網本線の撮影では釧路湿原がよく知られていますが、初夏の原生花園と共に、流氷の季節は北浜駅から浜小清水駅の間が名撮影地でした。

 網走駅から北浜駅に向かいますが、その前に網走駅に停車していた湧網線の貨物列車を見つけ、まずは1枚。


 北浜駅で下車し、浜小清水駅方向の鉄橋の近くから、流氷の押し寄せた海岸へと降りて行き、上り混合列車を鉄橋上で撮影。


 全く煙を吐かずに、雪に覆われた海浜を去って行きました。


 今度は北浜駅を発車した下り列車で、煙を吐く姿を撮影できます。


 後藤工場製の小型デフのC5833牽引です。


 続いての下り列車は、貨物を連結しない、旅客列車です。


 浜小清水駅で交換してやって来た上り列車も、貨物の連結がありません。


 良い天気で、後方には斜里岳の姿が見られます。


 北浜駅に戻り、浜小清水駅まで移動しますが、中間の原生花園駅は臨時駅で、この時期はその存在が雪で確認できません。

 浜小清水駅のすぐ西側には小高い丘があり、今もそうですが、ここから駅の様子や、北浜駅方向も撮影できます。


 DC列車が浜小清水駅に到着する様子で、流氷の向こうに知床半島が伸びているのがくっきりと見えます。

 下りの混合列車が来ましたが、惰行運転で煙はスカです。


 そして、わずかな停車後、浜小清水駅を出発して行きました。


 撮影はこれで切り上げ、やって来た上りの混合列車で網走駅に向かいます。


 周りに人がいないので窓を開け、影を落として走る混合列車の姿を撮影しました。


 今宵は夜行列車が寝床になります。




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