小樽築港機関区

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2017年11月23日木曜日

またまた その後の 奥中山 1986.5.10

 飽きもせずに、奥中山詣でをこの年も行ないました。
 2月に訪れた南部富士を絡める場所にリベンジすればよいのに、山を横目で見ながら好摩駅を通過してしまいました。

 毎度の盛岡発の一番列車に乗り奥中山駅下車、今度こそ大カーブで 寝台特急ゆうづる を撮影すべく、線路際ではなく、国道を急いで歩きました。

 それでも途中の、線路が国道をオーバークロスする場所の手前で、ゆうづる3号 が来てしまいました。


 朝日の中に、赤い電機とブルーの客車が映えます。


 息を切らせて先を急ぎ、大カーブの擁壁の上に着くや否や、ゆうづる5号 の姿が近づいて来ました。


 ここは晴れると半逆光になりますが、ようやくこのカットが撮影できました。


 線路際に降りて、何本か撮影します。


 下り貨物列車に続いて、上り一番の客車列車です。


 このあとは再び擁壁に登り、はつかり4号 の姿を後追いで。


 全て重連でやって来る貨物列車と


 最初の下りの昼間特急である はつかり1号 を撮影。


 ここらで場所を移動し、山桜を入れて、上りの 特急はつかり6号 を狙います。


 続いての下り客車列車は、赤ではなく、青い客車でした。


 下りの はつかり3号 は、後姿を順光で撮影です。


 線路の西側の土手に登ってみましたが、午前中は逆光になってしまいます。

 上りの はつかり8号 の後追い撮影です。


 下り貨物列車は、完全な逆光になってしまいました。


 太陽が雲に隠れたので、少し低い位置から、はつかり5号 を撮影。


 奥中山駅へと戻りながら撮影を続けます。


 はつかり10号、はつかり7号 と583系が続きます。


 水道橋からは、奥中山駅方向のトンネルからの飛び出しが狙えます。


 その橋と共に、上り貨物列車を撮影しました。


 盛岡での仕事が終わりを迎え、今回の撮影で早朝の奥中山行はこれが最後になりました。


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2017年11月21日火曜日

早春の西武山口線 1973.3.14・29

 この年の3月には、西武山口線のコッペルを撮影に2回行きましたので、それらをまとめてご覧いただきます。
 いつでも撮影できるので、長い時間をかけて粘ることは無く、いつもちょっと撮影しては早々に引き上げていたのが、今となっては悔やまれます。

 最初は3月14日に撮影したものから。


 ユネスコ村駅での機関車付替えの様子です。

 続いては、西武遊園地駅での機回し中の姿です。


 付替えを終えて、発車して行きます。


 途中で、走行中の様子を捉えました。


 たまには乗車してみます。
 中峯信号所に停車中ですが、この時は列車交換は無く、タブレットの交換だけでした。


 ユネスコ村駅からの列車も撮影しましたが、逆向き牽引なので、正面からではあまり絵になりません。


 ここからは、約2週間後の3月29日の撮影です。

 西武遊園地駅出発のシーンで、前回と同じアングルですが、梅の花が咲いています。


 ユネスコ村駅に到着し、機関車を切り離して、側線に進入する様子です。


 このあとは、正面向きの姿ばかりを撮影しました。


 2駅の間をクルマでうろうろして撮影します。


 鉄ではなく、子供連れが多いのは当たり前でしょうか。


 武蔵野の丘を軽便機関車がのんびりと走っていた、良き時代でした。


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2017年11月19日日曜日

その後の 足尾線 1986.4.27

 無煙化された足尾線を再び訪れてみました。
 この頃は、足尾銅山での採掘は行っていませんが、原材料を持ち込み、精錬等の加工を行っており、SL時代のように貨物列車が設定されていました。

 間藤駅の北、足尾本山駅の間の踏切から撮影を開始しました。
 本山駅からDE11が単機で下って来ます。


 足尾駅で貨物を受け取り、引き返してきました。


 旅客営業線での列車写真を撮影しに、原向駅の先まで降りて行きました。

 足尾駅からの上り貨物列車がやって来ました。


 川の対岸に場所を移し、今度は上りのDC列車です。


 今度は下り貨物列車がやって来ました。


 足尾駅以南の貨物列車は、重連での運用です。


 撮影後は、列車を追いかけるように間藤駅の北側に移動します。

 先程の貨物列車を足尾駅で分離し、単機で牽引してきました。


 足尾本山駅から下りてくる貨物列車を撮影するため、アングルを変えます。


 樹木の無い山肌をバックに、やって来ました。


 狭いところに建物と道と線路が入り組んでいます。

 再び間藤駅を見下ろす場所に行きました。
 単線のホームがあるだけの間藤駅に、折り返しの普通列車が停車しています。


 昔のホームが右側の駅舎の前に残っており、また、かつてはスイッチバックの駅であった線路跡も見られます。


 足尾本山への貨物列車を撮影後、帰り道で下り貨物列車を撮影します。
 原向駅と沢入駅の間です。


 バックの岩肌が異様です。


 貨物列車が無くなったどころか、足尾線そのものが三セクになり、今ではすっかり様子が変わってしまいました。


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2017年11月17日金曜日

電化前の中央西線 D51 1973.3.27

 電化開業を控え、最後の活躍をしているD51を求めて、中央西線を訪れました。

 東京駅から165系を使用した大垣行き各停のグリーン車の席が確保でき、ゆっくりと睡眠をとりながらも寝過ごさずに中央西線の列車に乗換え、薮原駅に降り立ちました。
 中山道を宮ノ越駅方向へと歩を進め、上下線の間隔が少し広い、鉄橋近くに撮影場所を定めました。

 最初にやって来たのは、特急しなの1号 です。


 しばらくすると、横風の中、煙を吹き上げながら、D51重連が下り貨物列車を牽引して近づいて来ました。


 ご存知のように、中央西線では路線方向とは逆に、名古屋方面からの列車に奇数番号が振られています。

 後ろから上り貨物列車が来ましたが、煙は全くありません。


 前方から白煙を高く上げながら、下り貨物列車がやって来ます。


 今度はD51の単機牽引です。


 場所を変えるべく、線路端を下って行くと、後から 急行きそ2号 が追い越して行きました。


 大出力エンジンの試作車、キハ91の編成でした。

 また下り列車が煙を上げながら近づいて来ます。


 今度も単機牽引で、重連が殆んどかと思っていたら、案外軽い編成が多いようで。

 後ろから上り貨物列車が来ましたが、やはり煙は殆んどありません。


 次の下り貨物列車も単機牽引ですが、荷が重いようで、頑張って煙を吹き上げて来ます。


 今日中に塩尻駅経由で帰るので、その方向に向かって列車で移動し、洗馬駅で下車しました。

 日出塩駅方向に歩きましたが、太いコンクリート柱が目立つ中を、D51重連の上り貨物列車が来ました。


 分水嶺を越えたので、今度は上り列車が力行します。


 青ナンバーは、カラーでようやく判別できます。

 乗車列車の時間が近いので、最後の上り貨物列車の撮影は、洗馬駅のはずれです。


 既に傾いた陽射しを浴びながら、D51重連が通過して行きました。


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