小樽築港機関区

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2017年7月24日月曜日

最西端のローカル線 松浦線 1971.7.27

 松浦線は、佐世保線の有田駅から途中、松浦駅や平戸口駅を通り、佐世保駅に至る線ですが、佐世保線の20km程度の2駅間をぐるりと遠回りして結んでいます。
 延長は100km近くに及び、平戸口駅は日本最西端の駅として知られていました。

 この線ではC11が普通列車を、8620が一部の普通列車と貨物列車を牽引するという、少々変わった路線でしたが、訪れた年の10月に客レのDC化、翌72年3月に無煙化され、さらに、1988年には三セクになってしまいました。

 松浦駅と肥前御厨駅の間には小さな峠越えがあり、勾配は33‰もあるので、ここでC11牽引の下り客車列車を待ちました。


 たった2両では軽すぎるようです。

 先に進んで、発車ならば煙を出すだろうと、肥前御厨駅近くで上り客車列車を狙いました。


 また先へ進み、今度は平戸口駅と江迎駅の間の峠、23.5‰の上り区間で8620牽引の貨物列車を撮影します。


 気温が高いうえに貨物が少ないためか、ここでも煙はスカです。


 平戸口駅で、ここで小休止する上りの貨物列車の入線を待っていたのは子供たちでした。


 田平駅方面へ先回りし、33‰の勾配地点でやって来るのを待ちました。


 今度はかなり頑張っているようです。

 続いて、C11牽引の客車列車も景気よく煙を上げてきました。


 次は潜龍駅の先まで走り、肥前吉井駅からの上り25‰を行くC11を撮影します。


 この辺りは面白い景観ですが、途中から漸く煙を上げ始めました。


 と思ったら、安全弁を吹き上げ、煙が無くなりました。


 それでも美しいコンクリートアーチ橋を行く姿を撮影できました。


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2017年7月22日土曜日

高森線から唐津線へ 1971.7.26

 この日は、朝の高森線を撮影後、午後は唐津線での撮影という移動距離の長い日で、概ね150km程度になります。

 高速道路が無く、未舗装路が多い当時の事ですから、単純に移動だけで4時間程度はかかってしまいます。

 朝の高森駅で(とはいっても、早朝の一番列車ではない)、上り列車の発車の撮影からスタートです。


 既に朝日は高く上がっています。


 列車を追いかけながら移動しますが、中松駅で追い越したので、その先で通過を待ちました。


 阿蘇の外輪山の内側を、ノンビリと下って行きました。


 ここからは唐津線に向かって、クルマを走らせるだけです。

 唐津線には多久駅と厳木駅の間にサミットがあり、キューロクが一部列車に補機を付けて活躍しています。

 漸く到着し、勾配に向かう上り貨物列車を待ちうけましたが、さっぱり煙が見えません。


 もうサミット近くなので、やる気が無いようです。

 気を取り直して、峠の反対側へ移動し、下りの貨物列車を築堤の下から狙います。


 煙は上がっているものの、本来ならば補機付きの列車です。


 夏枯れで、荷が少なかったのですね。

 これで本日の宿に向けて再度移動し始めたのですが、前方の踏切が鳴り始め、列車が通過するようです。


 先程撮影した貨物列車が勾配を下って来ました。

 おまけの1枚を撮り終え、再びクルマを走らせました。


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2017年7月20日木曜日

豊肥本線と高森線 1971.7.25

 豊肥本線の阿蘇外輪山越えをする貨物列車は、数が少ないうえ速度も遅く、朝熊本を出た貨物列車が、立野駅のスイッチバックを通過するのは昼過ぎになっていました。

 その数少ない列車がスイッチバックする様子を撮影しようとして、立野駅手前の国道沿いで列車の到着を待ちました。

 最初に来たのは、急勾配を下りてくる、上りの急行DCでした。


 その後、各停DC列車が通過して、お目当ての下り貨物列車が推進運転で立野駅を発車してきました。


 フロントデッキには誘導掛でしょうか、職員が乗っています。


 遥かに二段目を上って行きます。


 荷が軽いからでしょうか、あまり煙を上げずに、三段目のスイッチバックを上り始めました。


 左下の線路は、瀬田駅へとつながる本線です。

 次第に高度を上げながら、ゆっくりと走り去って行きました。


 これで当分豊肥本線にはSL列車は来ないので、高森線に向かいます。

 立野駅のお隣り、長陽駅で上り列車の発車を撮影しますが、高森線は高森駅に向かって一方的な上り勾配なので、上り列車は発車の時しか煙を吐きません。


 逆に下り列車は、長陽駅の到着直前まで、力行してきます。


 この列車を追いかけましたが、さすがに終着の高森駅近くでは煙を出してくれません。


 高森駅で、折り返しの機関車を撮影します。


 そして、C12牽引の列車では最終となる上り列車が出発して行きました。


 今日は近くに宿をとり、明日も高森線から撮影開始の予定です。


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2017年7月18日火曜日

湯前線・肥薩線・三角線 1971.7.24

 本日は、人吉から熊本へ向かいながらの撮影です。

 昨日の豪雨は治まりましたが、まだ雲の残る中を、最初に湯前線に立寄りました。

 蒸機列車はありませんが、とりあえず行ってみようということで、近場の肥後西村駅辺りでDC列車を撮影しました。


 肥後西村駅から程近い、国道219号線が肥薩線をオーバークロスするところで、昨日のリターンマッチを少々。

 最初にDC急行がやって来ました。


 しばらく待つと、下りの混合列車が黒煙を上げながら接近してきました。


 今日は順調に運転されているようです。


 後補機も頑張っています。


 借りを少し取り返した気分で、肥薩線の川線に沿って車を走らせます。

 途中の渡駅と那良口駅の間で、C57牽引の上り客車列車を撮影します。


 球磨川の景勝地である一勝地駅の近くで撮影しましたが、景観を入れての撮影は引きが無く困難です。

 そうこうしているうちに、下りの貨物列車が来てしまいました。


 門デフの100号機でした。

 今度は一勝地駅を、上りの客車列車が発車してきました。


 肥薩線と別れて国道3号線を北上しますが、宇土駅から分岐する三角線の貨物列車が撮影可能なので、寄り道をします。

 肥後長浜駅近くまで行くと海辺を走るのですが、先ずDC急行 火の山 が通過します。


 そして下り貨物列車を牽いてC11がやって来ましたが、平坦線なので迫力がありません。


 夕暮れが迫って来たので、早々に熊本へとクルマを走らせました。


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2017年7月16日日曜日

豪雨の 肥薩線大畑駅 1971.7.23

 この日は朝から大粒の雨が降り続いていました。

 国道から大畑駅に通じる細い未舗装道路では、ぬかるみに突っ込んで、動けなくなったクルマを押し出しているところに出会いました。

 大畑駅に着きましたが、雨脚はますます強くなり、一向に止む気配がありません。
 駅舎から出られずにいると、上りの混合列車が推進で進入してきました。


 後補機に続いて、本務機がホームに入って来ます。


 悪天候により、しばらく発車を見合わせるとのことです。

 何もできずに待合室にいましたが、少しはマシになったので、停車中の列車の写真を撮りに出て行きました。


 マシになったとはいえ、相変わらず強い雨が降り続いています。


 再び駅に戻り待っていましたが、少し見通しが効くようになって来ました。


 午前中からずっと停車したままでしたが、この列車は人吉まで下ろし、その後は全て運休するとのことです。

 発車の様子を撮影に出ました。



 後補機も続きますが、すぐに下り勾配なので、軽く出て行きます。



 結局この1本しか撮影できず、豪雨の中を人吉まで戻りました。

 因みにこの日の宿では、球磨川が氾濫する恐れがあるとの事で、二階の部屋に移らされました。


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